根管治療のトラブルに強い歯科医師のための弁護士です。
根管治療に関する患者トラブルにお悩みの歯科医師の方は、迷わずご相談下さい。初期対応が肝心です。まず弁護士に相談しアドバイスを受けることを強くお勧めします。
弁護士鈴木が力を入れている歯科医院法務に関するコラムです。
ここでは、歯科訴訟の判例のご紹介、ご説明を致します。
取り上げる判例は、平成19年10月4日東京地方裁判所の判決です。
なお、説明のために、事案等の簡略化をしています。
事案の概要
歯科医院で診療を受け、1歯の歯冠部をほぼ喪失した患者が、歯科医師に対し、930万3756円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた事案です。
事案の概要は以下のとおりです。
1 初診の診療経過
患者(昭和36年生まれの男性)の右下6番の歯には、かねてから、銀合金製のアンレー(歯質の表在性欠損部を被覆する形で修復する鋳造物)が被せてあった。
患者は、平成14年8月9日、歯科医院を受診し、歯科医師は、同日の診察により、右下6番が3度のう蝕症であること、右下6番の近心頬側根の根尖に病巣ができていることを確認した。右下6番の具体的な状況は、以下のとおりであった。
@ 問診の結果、時々冷たいものや温かいものがしみることがあったが、自発痛、咬合痛はなかった。
A パノラマレントゲン撮影及びデンタルレントゲン撮影の結果、右下6番は、他院で行われた歯髄切断によって歯冠部の歯髄が除去されていたものの、遠心根(奥歯側の歯根を遠心根、前歯側の歯根を近心根という。)、近心頬側根及び近心舌側根のいずれも根管充填はされていなかった。そして、遠心根の歯髄は生活しているようであったが、近心頬側根には、根尖部2分の1に肥大が認められ、根尖病巣が認められた。なお、近心舌側根については、近心頬側根と重なって撮影されたため、根尖病巣の有無を確認することはできなかった。
B 触診及び視診の結果、打診痛はなく、右下6番の付近は、頬側舌側とも歯肉の腫脹が見られなかった。
C 無麻酔で右下6番に被せられたアンレーの一部及び軟化象牙質の一部を切削したところ、右下6番の歯髄に生活反応は認められなかった。
歯科医師は、以上の所見から、右下6番は、3度のう蝕症で、近心根については感染根管の治療が必要であり、遠心根については、歯髄が生活していた場合、抜髄をして根管充填をしなければ近心根と同様に感染を生じるおそれがあると考えた。そして、根管治療が必要であることを患者に告げたところ、患者は、同治療を希望すると述べた。
2 抜歯に至る診療経過
歯科医師は、平成14年8月15日、再度パノラマレントゲン撮影を行って右下6番の近心根の根尖病巣を確認した。そして、遠心根の歯髄が生活している可能性があったため、麻酔を施した上、右下6番の歯冠部のアンレー及びその下の裏装セメントを除去し、さらに、軟化象牙質を除去した。歯科医師が、#10リーマー(10番のサイズのリーマー。極めて細い部類のもの)で根管口を探索したところ、右下6番の遠心根は根管が太く、直ぐに開口部(歯根の入口部)を見つけることができたが、近心根については頬側舌側の2根ともに開口部が不明瞭で、これを見付けることができなかった。歯科医師は、右下6番の近心根は根管が2つに分かれているために根管口がもともと細いこと、他院における歯髄切断により右下6番の歯冠部の歯髄除去がされその切断面に新たに第二象牙質が形成されたために開口部が閉鎖されていたこと、これらが原因で上記近心根の根管口の探索ができないと判断した。さらに、残った歯質が薄いために無理に#10リーマーを挿入しようとすると穿孔を生じる危険があること、近心根が弯曲していたこと、これらを考え併せ、右下6番の近心根は根管治療の適応がないと判断した。
歯科医師は、右下6番の遠心根は保存が可能であると考え、右下6番の遠心根と近心根を分割した上で、遠心根は保存し、近心根は抜歯するヘミセクション(分割抜歯)と呼ばれる処置(下顎大臼歯のどちらかの歯根を歯冠とともに分割して抜歯する処置。)を試みた。ただし、患者に対し、ヘミセクションについて説明しなかった。
係る抜歯行為により、患者は右下6番の歯冠部をほぼ喪失し、歯茎が深く割れ、歯根には器具による切れ込みが残った。ただし、歯根は、近心根、遠心根とも除去されなかった。
その後、患者は他院を受診し、他院の歯科医師は、右下6番の歯根を完全に除去し、欠損部にインプラントを装着した。
争点及び裁判所の判断
争点1 歯科医師の賠償責任の有無
【裁判所の判断】
抜歯は、歯に加えられる最終的な医療処置であり、可能な限り避けるべきものであるとされていることが認められるから、う蝕症等の治療に当たる歯科医師としては、治療の対象となっている歯が根管治療の禁忌症に該当する場合を除き、当該歯の抜歯以外の方法で治療目的を達成するための手段を尽くすべき義務を負っており、抜歯を行うことがやむを得ない場合であっても、抜歯を行う必要性について患者に対し十分な説明を行う義務を負っている。
歯周病や根面う蝕が進行し残存する歯根膜が極めて少ない歯は根管治療の禁忌症に該当するが、右下6番が上記禁忌症に該当することを認めるに足りる証拠はない。また、右下6番については、近心根の根管が2つに分かれているために根管口がもともと細く、近心根が弯曲していたことなどの事情から、根管治療が困難であったことがうかがわれるが、他方、実体顕微鏡を使用すれば、従来見落とされていた根管や石灰変性により閉塞した根管を発見することは不可能ではなく、根管口の探索ができれば狭窄根管や弯曲根管であっても、根管の拡大・形成を図ることが可能な場合があると考えられているところ、抜歯行為に先立ち、実体顕微鏡を用いた根管口の探索は試みられていない。
一方、右下6番の近心頬側根には根尖病巣が存在していたが、今日では、歯根近くにあった根尖病巣よりも大きな根尖病巣が根管治療により除去される例が珍しくない。また、根尖病巣を除去するには、切開排膿という外科的方法もある。
以上によれば、本件の抜歯行為に先立って、右下6番の抜歯以外の方法で治療目的を達成するための手段が尽くされているとはいえず、歯科医師は、抜歯行為によって患者に生じた損害を賠償する責任を負う。
争点2 患者の損害
【裁判所の判断】
合計 164万1967円
内訳 被告医院における診療費 2040円
後医における診療費 5万9500円
調査費用 6万3590円
インプラント手術費用 39万9000円
将来のインプラント手術費用 28万4244円
インプラントのメンテナンス費用 13万3593円
慰謝料 50万0000円
弁護士費用 20万0000円
判決:結論
被告は、原告に対し、164万1967円及びこれに対する平成14年8月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
根管治療や抜歯のトラブル、根管治療や抜歯の訴訟、裁判に悩んでいる歯科医の方は、迷わずお電話を下さい。診療録などの証拠及び患者の主張内容などを十分に確認聴取した上で、取るべき対応、留意点などを具体的にアドバイス致します。